2009/11/04, , 日経産業新聞
資金難救った国の支援
徳山氏は1970年代から30年以上、現在のライスパワーエキスの開発につながる醸造技術の研究にまい進してきた。常に悩みの種だったのは毎年増える研究費をどうやって賄うかということだった。革新的技術があっても研究費が続かず断念したり他社に技術を売却したりする中堅・中小企業の例は多い。勇心酒造は国の助成制度を活用するなどして切り抜けた。
勇心酒造が開発した36種類のライスパワーエキスのうち、現在製品原料として最も多く利用されているのはナンバー11エキス。肌の水分保持機能を改善させる化粧品の原料だ。同エキスの完成直前だった92年、研究費は1億円を超えた。当時の売上高は4億円程度。大赤字になった。
地元の地方銀行からは85年の段階で取引を打ち切られた。造り酒屋と並行しすぐに収益化しない研究開発を進めていた勇心酒造は、当時も研究費がかさんで赤字になる年が時折あった。
バブル景気で黒字決算の企業が目立つ中、赤字を出していた当社に言い訳の余地はない。それでも醸造技術を活用した新事業を進めようという造り酒屋の思いが届かなかったことは寂しかった。
90年代に入ると通商産業省(現経済産業省)の世話になる。93年に外郭団体の基盤技術研究促進センターを通じ約5億円、96年には通産省所管の産業基盤整備基金を通じ約4億円それぞれ債務保証を付けてもらった。
資金集めに苦労していたころ、勇心酒造は造り酒屋でありながらビール卸をやっていた。「歴史ある蔵元がそんなことまで」と心配した地元企業からも支援者が現れる。
95年、当社の新規事業に理解を示して融資してくれていた兵庫銀行が経営破綻。高知市が本店の第一地銀である四国銀行が代わりを引き受けてくれた。
四国銀はそれまで勇心酒造と付き合いが浅かった。しかし、伝統産業の再活性化につながる可能性があるコメの新機能開発を無担保融資で応援してくれた。
2001年にはライスパワーエキスを使った化粧品のOEM(相手先ブランドによる生産)供給先であるイマージュホールディングス(HD)の創業者が2億円を融資してくれた。前年からOEM供給が始まっていたが、研究費がかさむ台所事情を知って援助してくれた。
30年続けてきた研究の成果がやっと芽を結び始めたころ、ITバブル崩壊などを契機とする00年代初めの景気悪化が襲った。そんな時に勇心酒造の新規事業に賭けてくれた企業や銀行の存在を忘れることはできない。